長野県の山あいの集落、四月六日。気温は朝七度、午後十六度。畑のあぜ道では、ふきのとうが終わり、つくしが伸びている。ここは清明と呼ばれる、春の節気のなかにいる。古い農家のおばあちゃんに「いまは何の時期ですか」と聞くと、彼女は迷わず答えた。「種まきの前の、土を整える時期です」。彼女の頭のなかにあるのは、四月という月でも、春という季節でもなく、二十四節気の一つひとつの呼吸だった。
二十四節気というしくみ
二十四節気は、太陽の黄経に基づいて一年を二十四等分した、約十五日ごとの季節区分である。立春から始まり、雨水、啓蟄、春分と続き、年間を通じて季節の細かな移ろいを示す。古代中国で生まれ、日本には平安時代以前に伝わり、農事や暦の基準として千年以上にわたって使われてきた。
春の節気は、立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨の六つ。一見、四月という月のなかに「清明」と「穀雨」が共存しているように見えるが、節気で考える農家の頭のなかでは、この十五日間ずつの単位が、別々の仕事の時間を意味している。
清明の十五日
清明は、四月四日頃から二週間ほどの期間。「清浄明潔(せいじょうめいけつ)」を縮めた言葉で、春の空気が澄み、すべてのものが明らかに見えてくる時期、を意味する。山あいの農家では、この時期に田畑の土を起こし、種を蒔く前の準備を進める。雪解け水で湿った土を、太陽と風が乾かしていく。
取材した八十二歳の農婦は、清明の前後で、毎日畑に出る時間が違うと言った。早朝の霜が完全に消える時間が、日々前にずれていく。それを見て、種まきの日を決める。彼女の体内のカレンダーは、節気と七十二候の細かな目盛りで動いている。
「四月七日に蒔いた豆は、四月十日に蒔いた豆より、収穫量が一割多い年もあります。三日の違いが、半年後に出るのです。
」 — 長野県の山あいの農婦、八十代
穀雨という移行
清明の次は穀雨。四月二十日頃から五月初旬。田畑の作物を育てる雨が降り始める時期、という意味だ。この時期に降る雨は、農家にとっては決定的に大切で、降りすぎても少なすぎても、その年の作物に影響する。
雨を待つ時間
穀雨に入ってから、最初に降る雨を「一番雨」と呼ぶ地域もある。この一番雨の量と質が、その年の田植えの計画を左右する。だから農家の人々は、節気の変わり目になると、空を見上げる回数が増える。
気温と地温の差
気温は四月のうちにどんどん上がるが、地温(土の温度)は気温に約二週間遅れて上がる。種を蒔くタイミングは、気温ではなく地温で決まる。この時間差を、節気は経験的に知っているのだ。
節気で生活すること
節気を意識する暮らしは、農業に従事しない都市生活者には縁遠く感じられる。けれど、季節の小さな変化を感じる感覚は、誰にでも残っている。桜が散る、燕が来る、雨の匂いが変わる、夕方の光の角度が変わる。これらの観察を、二週間単位で言語化したのが、節気である。
| 春の節気 | 時期(2026年) | 主な自然現象 |
|---|---|---|
| 立春 | 2月4日頃 | 暦のうえの春の始まり |
| 雨水 | 2月19日頃 | 雪が雨に変わる |
| 啓蟄 | 3月5日頃 | 虫が土中から出てくる |
| 春分 | 3月20日頃 | 昼と夜の長さが等しい |
| 清明 | 4月5日頃 | 清らかで明るい春 |
| 穀雨 | 4月20日頃 | 作物を潤す春の雨 |
節気の現代的な役割
都市部でも、節気は飲食店のメニューや、和菓子の意匠、季節の挨拶のなかに残っている。和菓子屋を訪ねると、清明の和菓子と穀雨の和菓子は、形も名前も違う。十五日ごとに変わる季節の表現は、農業から離れた現代でも、文化の細部に残り続けている。
編集部より
本記事は、長野県北部の小さな集落での取材記録です。節気の日付は二〇二六年の暦に基づきますが、年によって一日前後ずれます。農作業の慣行は地域や作物によって違い、本記事の記述は当該地域の習慣を中心としたものです。
四月という月のなかに、清明と穀雨という二つの異なる時間が含まれている。これを知っている人にとって、四月は単一の月ではなく、二段階の異なる風景に分かれている。節気を知るということは、ひと月を半分に区切って、一年を二十四の小さな季節として体験する、もうひとつの時間感覚を持つということなのかもしれない。

